東京高等裁判所 昭和28年(ネ)546号・昭28年(ネ)599号 判決
第一審原告 田村働
第一審被告 手島太市
一、主 文
原判決中「原告のその余の請求は棄却する。」とある部分を次のとおり変更する。
第一審被告は第一審原告に対し昭和二十七年一月一日から第一審被告が原判決添附目録記載の土地上にある同目録記載の家屋を収去して、同土地全部を明け渡すまで一ケ月金五千円の割合の金員を支払え。
第一審原告その余の請求を棄却する。
第一審被告の控訴を棄却する。
控訴費用は全部第一審被告の負担とする。
この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
二、事 実
昭和二八年(ネ)第五九九号事件控訴人、同年(ネ)第五四六号被控訴人、第一審原告(以下単に第一審原告とよぶ。)訴訟代理人は、昭和二八年(ネ)第五九九号事件につき、「原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。第一審被告は第一審原告に対し昭和二十三年一月一日から原判決添附目録記載の土地上にある同目録記載の家屋を収去して、同土地全部を明け渡すまで一ケ月金五千円の割合の金員を支払え。控訴費用は第一審被告の負担とする。」との判決、並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、昭和二八年(ネ)第五四六号事件につき、控訴棄却の判決を求め、昭和二八年(ネ)第五九九号被控訴人、同年(ネ)第五四六号控訴人、第一審被告(以下単に第一審被告とよぶ。)訴訟代理人は、昭和二八年(ネ)第五九九号事件につき、控訴棄却の判決を求め、昭和二八年(ネ)第五四六号事件につき、「原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、第一審原告代理人において、「(一)第一審原告は、本件提訴土地については、第一審被告より罹災都市借地借家臨時処理法による借地権譲渡の申出を受けたことは一回もない。(二)本件損害は本件土地を利用し、海産物商を営むことにより得べかりし利益を失うことによつて生じたものである。右損害は特別事情による損害であつても、告知により第一審被告は右事情を予見し得たものである。仮に右利益の算定が不能であるとしても、第一審原告は一般的に本件土地の利用により得べかりし利益を失つた。よつてその損害の賠償を求める。」と述べ、第一審被告代理人において、「(一)原判決五枚目表六行中「原告は」とあるのは、「被告は」の誤であるから訂正する。原判決六枚目表七行(五)以下に「被告は徳治郎の死後昭和二十一年十月から昭和二十二年七月までの間十数回に亘つて原告に対して前記権利に基いて借地権譲渡の申出をした。」とあるのを、「被告は昭和二十一年一月から昭和二十二年十二月までの間原告に対して前記権利に基いて借地権譲受の申出をした。」と訂正する。(二)、第一審原告の損害額についての主張事実はすべて否認する。仮に損害があつても、本件訴状送達前は本件土地明渡の請求はなかつたから、その以前の分については第一審被告に損害賠償の義務はない。第一審原告が海産物商を営むことにより得べかりし利益の喪失による損害は特別事情に基くものであり、第一審被告の当然予見し、又は予見し得べかりしものではない。なお借地権は債権であつて完全な譲渡性換価性を有しない点及び第一審原告が本件土地を使用収益するにあたり地代支払義務を負損している点は、損害額を算定するにつき考慮さるべきである。」と述べた外、原判決事実摘示(原判決添附目録及び図面をふくむ)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
第一審原告の本訴請求中、第一審被告に対し家屋の収去並びに土地の明渡を求める部分の正当であつて第一審被告の抗弁の理由のないことは、原判決の詳細説示するとおりであつて、当審における第一審被告本人の供述中右認定に反する部分はたやすく信用することができず、当審証人小林国太郎の証言によるも右認定を左右することができない。又第一審被告は当審において借地権譲受の申出をなした日時を訂正しているが、右申出の日時いかんは少しも右認定に影響を及ぼすものでない。よつてその旨附記する外、右に関する原判決の理由の記載をここに引用する。従つて右請求を認容した原判決は正当であつて、第一審被告の控訴は理由がない。
次に第一審原告の本訴請求中第一審被告に対し損害の賠償を求める請求の当否について判断する。
第一審被告が昭和二十三年一月一日以前から本件土地(原判決添附目録記載の土地中図面表示の(い)の部分十七坪二合二勺)にかこいを設けてこれを使用し同地上に本件家屋(同目録記載の家屋)を建築所有していることは、第一審被告の認めるところであつて、本件土地に対する第一審原告の賃借権が今なお現に存在しこれを以つて第一審被告に対抗しうべきこと並びに第一審被告が本件土地の占有使用につき何ら正権原を有していないことは前認定のとおりであるので、第一審被告は右占有使用により第一審原告の本件土地に対する賃借権の正当なる行使を不当に妨げ賃借権を不法に侵害しているものというべく(第一審被告が本件土地の所有権取得後は特別の事情のない限り右賃借権の貸主たる地位を承継したことになるから、債務者による債権侵害として債務不履行となる。)、従つてこれにより第一審原告の被つた損害は、第一審被告は、通常の損害は固より特別事情による損害であつてもその事情を予見し又は予見しうべかりしときは、これを賠償すべき義務あることは当然である。
ところで、第一審原告は第一次には本件土地を利用しこれに店舗を設け海産物商を営むことにより得べかりし利益を失つた旨主張しその損害の賠償を求めているので、まず右請求につき審究するに、原審証人田村ふさ(第一、二回)、田村悦子の証言を綜合すれば、第一審原告は、元祖父田村徳次郎、祖母田村ふさ、母田村セツ、叔母田村悦子らとともに東京都中野区城山町二十八番地に居住していたのであるが、昭和二十年五月二十五日戦災により右住居が焼失したので、母セツとともに母の生家である北海道茅部郡森町菊池藤太郎方に疎開し、現に右菊池方に同居していること、右菊池藤太郎は海産物問屋を営んでいるところから、第一審原告家の者達は同人から援助並びに商品の供給を受けて本件土地に店舗を建築し海産物商を営むことを計画し、昭和二十年十一月頃には既に一部商品を仕入れていたこと、その後昭和二十一年二月六日祖父徳次郎が死亡したのであるが、今尚右計画をすてず、第一審原告一家の生計をたてるため、速かなる開業を切望し、第一審原告家族一同はいずれも右営業に従事する決心なること、しかるに第一審被告が前認定のとおり本件土地上に本件家屋を建築し容易に本件土地を明け渡さないので、これが実現を妨げられていることを認めうべく、これらの事実と当審における鑑定人前田賢次の鑑定の結果並びに当裁判所に顕著である昭和二十七年以降の経済情勢は概して変動のなかつたことを綜合すれば、第一審原告は、右開店がおくれ営業ができないことにより、昭和二十七年度以降は少くとも一月金五千円に相当する損害を被つているものと認めるのが相当である。固よりこのような営業収益の喪失による損害は、鑑定人前田賢次の鑑定書にもうたつてあるとおり、本件土地の立地条件の外、営業の規模、資本の大小、経営手腕の有無等により多大の影響を受け、常に利益あるものとは限らず、時に損失を受けることも予想せられ、にわかにこれを確定することは頗る困難であるが、それでもなお通常の規模、資本、その他通常の場合に予想さるべき営業利益の喪失は、一応の推定であるとしても客観的に存在しうるものとしてこれを認めるのが相当であつて、もし右推定を覆えすに足る特別の事情があるならば、これを争う第一審被告において主張立証すべきであるにかかわらず、本件においてかかる主張立証がないのであるから、右のとおり認定するより外致し方ないのである。なお、右損害額の算定に関し、第一審被告は、第一審原告が本件土地を利用するについては当然地代を支払わねばならないのであるから、この点も考慮さるべきであると主張している。なる程この点に関する第一審被告の所論は正当と思われ、又前記鑑定人前田賢次が鑑定をなすにあたりこの点をも考慮したかどうかは鑑定書の記載上必ずしも明確でないのであるが、同鑑定人は、本件土地において店舗を建設し、北海道産の海産物を北海道の生産者から直接仕入し、内地産の海産物は東京魚市場にて仕入れ、従業員は壮年男一人同女二人及び老人の女一人合計家族四人が当り小僧等は必要あれば雇入れるとの条件の下に海産物商を営む場合、昭和二十七年度東京都商業統計調査を基礎として、当初の年間収益が二十万円前後(一月一万六千円強)と計算しているのであつて、右鑑定の結果と対比すれば、当審鑑定人熊倉信二の鑑定の結果により認めうべき本件土地に対する一月の賃料相当額すなわち昭和二十七年度千三十二円六十銭、昭和二十八年度千五百四十八円九十銭を考慮に入れるも、なお前記損害額の認定につき影響を及ぼすものでないことを理解しうべきである。しかして右損害は固より特別事情によつて生じたものとなすのが相当であるが、成立に争ない甲第一号証並びに原審証人田村ふさ、田村悦子の証言を綜合すれば、第一審被告は少くとも昭和二十二年九月下旬頃第一審原告の祖母田村ふさから右事情を告げられよく知つていた事実が認められるばかりでなく、昭和二十七年一月一日は、本件訴状の送達を受けた日(本件訴状が昭和二十六年五月二十一日第一審被告に送達せられたことは記録編綴の送達報告書により明らかである。)の後であるから第一審被告は第一審原告に対しその請求にかかる第一次の損害賠償請求中昭和二十七年一月一日以降にかかる分を支払うべき義務あり、第一審原告の請求はこの限度において正当であつて認容すべきも、昭和二十三年一月一日以降昭和二十六年十二月三十一日までの分は、第一審原告の提出援用にかかる証拠は固より本件にあらわれたすべての証拠によるもその損害の額を算定することができないので、失当として棄却すべきである。
よつてさらに進んで右棄却した分に対応する第一審原告の第二次の損害の賠償請求につき審究するに、第一審原告は、本件土地の価格を基準としその利用価値を右価格の一割と算定し、同額のうべかりし利益を失つたとなしてその賠償を請求しているが(原判決事実摘示第一審原告の主張七項)、その算定の根拠につき首肯するに足る主張も証拠もないから、右請求もまた理由なしとして排斥する。
果して然らば、原判決が第一審原告の損害賠償の請求を全部理由なしとして棄却したのは失当であるから、第一審原告の控訴に基き第一審原告敗訴の部分を前記認定のとおりに変更することとする。
よつて民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十二条、第百九十六条、第一項を適用し主文のとおり判決した。
(裁判官 大江保直 岡咲恕一 猪俣幸一)